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借景を重ねた美しさ(坂本龍一+高谷史郎 庭園シリーズvol.2@京都:大徳寺養徳院)

前回に続いて行ってまいりましたよ、庭園シリーズ。
朝起きて告知メール見た時には遅かったか、と思いながらも
申し込みメールを投げていたのが功を奏したようです。よかった。

法然院は山すそに佇む感じだったけれど、
今回はバリバリ街中のお寺。静寂感は薄いけれど、
やはりそこはお寺の境内、喧騒がいい感じの色をなしている。

大徳寺の養徳院という塔頭(たっちゅう)が今回の舞台だったわけですが、
普段非公開というだけあって観光客ずれしていない風情。
前回同様にお庭に向かって座っていたわけだけど、
そのお庭が無造作でありながらどこか機能美も匂うような趣で期待大。


教授はラップトップ+iPodと前回とたぶんあまり変わらないセット。
対する高谷さんは正方形の鏡が3枚。
スタンドにセットされ、回転できるようになっている。
ちょうど今は僅かに庭側に傾いた仰向き加減で、庭の緑が写しこまれている。

そっと忍び寄るような教授のノイズが遠くの喧騒とあいまって
そこに鏡に映し出される空や緑が僅かずつ色を変えていく。
日が暮れゆくのに従ってノイズに艶が出て、
ピアノの音の断片などが聞こえてくるとざわりと風が木を揺らす音がする。
持続音のレイヤーがベールのようにほわりほわりと重なり合うところなんて
ぞくりとくる美しさだったわ。

でも、法然院の時に比べて恣意的なものが薄くて、
(特に教授の音の中に最後まで明確なメロディーが存在しなかった)
鏡を通してぼんやり浮かび上がる景色の透明さに
これもまた静寂になるのか、と思ったわけで。

ちょうど日が暮れきって、街の明かりがぼんやりと
庭の向こう側に浮かび上がった頃、ノイズがそっと姿を消した。
前回のような集中力みたいなものは試されなかったけれど、
移り変わりを集中して追いかけるというのもまたあまり日常にはない経験で
こんな姿もありなのか、とまた一つ大切なものをもらえた感じだった。
でも、物語的なものを期待していた人にはかなり辛いものだっただろうなあ(苦笑


翌日、教授のニュースレターに
「映像の「借景」とともに、
 音の「借景」でもあった。」

という文章が。

そうか。鏡に映したものも借景。
音も回りの喧騒があってこそだから借景。
そのやけに日本的な言葉にこそ、
彼らのアイデンティティがあるんだろうな、と思ったのでした。


また次も、と教授がおっしゃっているので
楽しみに待つことにします。

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