ぐだぐだにもめまくっていることが容易に予想される
在阪オケの
補助金廃止問題(元記事は
ここ)ですが、
読売の「
楽団員、存続求め署名活動 大阪センチュリー」の記事に対する
かの2ちゃんねる管理人・ひろゆきさんのblogに上がった
「
署名より寄付じゃないのかな?」のエントリに
音楽をやっている人間の世間ずれっぷりを見せ付けられた感じ。
金持ちがお金を払うのが惜しいと思う程度のものなら、
それほどの価値はないってことですしねぇ。
そう、これが現実。
文化が定着しない、人やものが集まらない、という前に
もっとやり方を変えるしかないはず。
考えてみれば、そもそもクラシックは
王侯貴族や教会の庇護を受けて成立していたわけだし
(近代でもそういう人はたくさんいるのですよー)
歴史の中の音楽家にパトロンの影はつきものだし
(そうでなければ貧困の中に非業の死、となるわけで)。
土壌の違いとか、国民性とかもあるだろうけれど
やっぱりなによりもクラシックの持っている根底の何かが
簡単に受け入れられないんだろうなあ、と思います。
その垣根をLFJとかは取っ払おうとしているけれど
たぶんそんな簡単な問題じゃないのよね……。
(あれだって大量の協賛企業が並んでいるし)
クラシック音楽に携わる人間の末席に居るものとして
真剣に取り組まなければと思う今日この頃です。
…っていうか、せめて自分の代で絶やさないようにだけはしたい。