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007、ものごっつ災難続きなんですが(汗
ボンドカーは
湖に落ちてるし(varietyjapan)、
イタリアでは
スタントマンが重体になってるし(reuters)。
新作はとても楽しみなのですが、
いやはや、このアリサマだと本当に撮影終わるのだろうか。
っていうかウラ007でも作れそうな勢いだし。
007の最新作も出る(フレミングのではないですが)らしいので
読んでみたいなー、と思いつつ
でも翻訳してくれないかもなー、とも思いつつ。
ま、007のために英語をもう一度勉強するのもありかもね。
ついでにその勢いで
フレミングの生誕100年展にも行きたいくらいだわ。
20世紀の最重要振り付け師、モーリス・ベジャールが
亡くなられた(AFP/reutersは
こっち)。
ストラヴィンスキーやラヴェルを勉強する上ではが
避けて通れない(AFP)ゆえに
普段はあまりバレエとか見ない自分でもかなりの数見ているし
この斬新さ、躍動感あってこそのバレエ音楽の隆盛だったのだなあ、と思うと
一つの時代が終わったかな、とあらためて思う。
ご冥福をお祈りいたします。
海の向こうでだが、舞台人のデモが行われているのは
一時期舞台(商業演劇)の裏側に居たことがある自分としては考えさせられる。
ひとまず、脚本家たちのデモは俳優も巻き込み長期化必至(
AFP)、
裏方さんのデモも(
CNN,
iza,
読売)
やはり「長期化辞さず」と明言(
CNN)しているからにはかなり影響は大きい(
朝日)。
まあ、この2つ、理由はかなり違うのだが
(脚本家たちのほうは
争点がネット(BusinessMedia誠)なわけだし、
裏方さんたちは根本的な労働条件の改善だし)、
どちらにしても作り手に対する配慮が足りないことが一番なわけで。
まあ、なんの商売でもそうだと思うのだけど、
商品に対してどれだけの人間が関わっているかとか
あんまりみんな考えないのよね、なぜか。
特に、映像や舞台は、矢面に立つ俳優やプロデューサーとかはともかく
その後ろにたくさんの人たちが働いていることをどうも失念しがちな気がする。
いやまあ、あたしが勤めていたところとかは、それ以上に
たくさんの人たちが働いているところを意図して隠していたのもあるけれどね。
やっぱり、ウラが見えちゃうと、
夢から覚めちゃうから。
ドラマや映画、舞台なんかは
その非日常に自分をどこまで投影できるか、移入できるかで
ハマり度合いがぜんぜん変わってくるわけだけど
非日常の舞台ってのは、当然現実的なものは見えないほうがいいわけよ。
そこで「日常に繋がる何かが動いている」と興ざめしやすくなるから。
でも、やっぱりその舞台の後ろにはたくさんの人が働いていて
だからこそ背景が変わり、衣装が変わり、音楽が変わり、
その中で役者が動いているというのをどこかで感じて欲しい部分もあり。
確かに安く舞台とか見れるのはうれしいことだけれど、
そのセット・スタッフに見合った予算が確保できないからって
働いている人の賃金を不当にへつってまで安くはしてほしくないしねえ。
ちゃんと評価されてしかるべきものであるなら、ね。
たぶん、ブロードウェイのデモとかは、忙しくなる時期を見越して
今でないと一般の聴衆にうったえかけられないだろうと思ってだろうな。
わざわざ見に行った人にはとても災難かもしれないけれど、
裏方だった自分としては彼らに正当な判断を下されることを祈っています。
士郎さん系のラインからウワサには聴いていた
アップルシードの続編映画で細野晴臣が
音楽監修と聴いてびっくり。
前作で坂本龍一は参加していたからそっちかなと思ったんだが
確かに教授よりはハリーさんのほうが広いものになるかな。
ちなみに、
記者会見では"『APPLESEED アップルシード』を初日に観たほどの大ファン"という事実が。
すでに楽曲提供が決定している中にレイハラカミの名前まであるので
どんなんになるやら想像もつきません(笑
YMOのメンバーもHASYMO(ハシモ)で新曲が出るらしいし
とりあえず何度か映画館には行かねばなるまい。
ちなみにその続編、『
EX MACHINA-エクスマキナ-』では
プラダが衣装デザインなんだとか。…どんな衣装になるんや(謎
とある筋から時間あるなら行ってきてよ、と言われて
六本木ヒルズで見てきました。
ルワンダの涙。
『事件の凄惨さもさるところながら、
西欧諸国、そして国連さえもこの悲劇を黙殺したことで、
その後の世界に大きな問題を与えることとなった』
『アフリカのルワンダ共和国で起こった
フツ族によるツチ族虐殺〔ジェノサイド〕事件』
(映画の
introductionからそのまま引用)
――をテーマにした映画なのだが、
狂気なんてものを遥かに通り越した何かに突き動かされる人間に
自分の安穏とした立場を改めて考えさせられた。
そりゃ、虐殺の歴史は今までになかったわけではないだろう。
それどころか、民族差別に限らずいろんな差別が
世界中にどれだけ存在しているかわからないくらいにあるわけで。
自分が陥れられたことがないから甘いことが言えるのだと
実際現地にいらっしゃった方々に言われるかもしれない。
でも、なぜ殺さなければならなかったのか。
人間の生きている意味をものすごく考えさせられる。
大学の卒業試験のときに書いた曲で
『最後の楽園』という曲がある。
あたしは、今まで『楽園』というのは自分の中にしかない。
そう思っていた。
でも、思うだけではだめなのだろう。
自分の楽園を守るために、自分以外のものに目を向けなければ。
それはとても痛みを伴うかもしれないけれど、
自己逃避をしているだけでは、何も変わらない。
自分にできることなんて、そんなにあるわけじゃない。
でも、何かを伝えることはできるはずで。
その伝えなければならない何かを、
そろそろあたしはちゃんと探さなきゃいけないのかもしれない。
最近、ほんのちょっとした弾みで
「殺してやろうか」と言う小学生くらいの子供たちをよく見る。
実際に殺してしまう子供まで。
彼らは、本当に殺すこと、殺されることをわかっているのだろうか。
小さい子供だから、こんな凄惨なものは見せない、というのではない。
これからがあるからこそ、ちゃんと正面から見せないといけないんじゃないかな。
いつものごとくOさんにお声をかけていただきまして行ってきました、
梅田芸術劇場の『
ペテン師と詐欺師』。
毎度毎度感謝でございます>Oさん
今回は、なんと言っても市村さんと鹿賀さんががっつりと組んで
コメディをやるというのが目玉。その昔、三谷さんの演出で
共演する予定だったのが(You are the One)、鹿賀さんが入院されたことで
延期になっていた、いわばリベンジ公演の意味合いもあってか
最初から2人ともハイテンションで笑わせてくれます。
正直に言えば、ちょっとコメディって苦手だったのだけど
こんなにも笑えるんならいいかも、と思ったあたし。
とにかくペテン師と詐欺師の化かし合いになってからは
涙が出るくらいに笑い転げ、最後にはおなかが痛くなったくらいに笑い倒しましたよ。
またねぇ、二人のコントラストが見事で。
ゆるぎないスタンスを持ったものすごくダンディな「静」の鹿賀さんに
憎めない笑顔を浮かべて車椅子で暴走するやんちゃな「動」の市村さん。
(車椅子乗って全力で飛び出してきたかと思うと、鹿賀さんの2歩手前で
ブレーキきかせてポーズをとったのはお見事としか言いようがない)
お二方とも年齢不詳でしたが、…いや、実年齢は敢えて見ないでおこう(爆
ストーリーは単純明快なキツネとタヌキの化かし合い…のはずが
美味しいところをメギツネ(笑)にかっさらわれていった、というもの。
舞台上では真剣に化かし合っているのだけど、
それが客席からは全部見えるがゆえに、シッポが出てきてさらに笑える。
脇の役者さん(特にメギツネだった奥菜さん)もとてもカラフルな芝居で、
化かし化かされているのがさらにくっきりと際立つから笑いを呼ぶわけですな。
アンサンブルの人たちもすごくノリが良くて、細かいところまで笑い転げられましたよ。
音楽がまた面白かったんだよな。
生オケを入れたちょっと昔のスタイルで、
ダンスシーンやナンバーをピシっときめていきながらも
BGMではオケメンバーが率先して音で遊ぶという感じがすごく賑やかに伝わる。
指揮者の方が、またノリが良かったなぁ。
すごく気持ちよさそうに棒を振られてました。
パンフレットを帰り際にちょっとのぞいたら、
前職でお世話になったかたのお名前も見かけて懐かしさもありつつ。
あぁ、あの方たちなら確かにすごく楽しくやってくれそうだ、と頷きましたよ、あたし。
終わってから劇場を出た時に、
何か一つ憑き物が落ちたような感じがしました。
…笑いって、実はものすごい浄化作用があるんではなかろうか。
また今度はどんな笑いを見られるのか、すごく楽しみです。
まだまだこの2人でコメディを見てみたいなぁ。
レイ・ハラカミが音楽を提供している『
暗やみの色』
ずっとずっと都合がつかなかったのですが、やっと見てきましたー。
緊急限定発売された『暗やみの色』のサントラ(と言っていいんだろうか?)に
くっついていたパンフレットを見て、なんとしてでも見たいと思っていたのですよ。
しかも、サントラから先に入っちゃったもんだから、妄想膨らむ一方だし(苦笑
レイさんの音だけだと、すごく温かな感じだったのだけど
テーマが「暗やみ」なのに「温かい」というのは自分のイメージにないもので。
(しかも、自分にとっての暗やみは結構冷たい印象がある)
そうなるとさらに気になるってなもんでしょ。
100名のミニシアターはドーム型のスクリーンを持っていて、
そこにMEGASTAR-II cosmosというプラネタリウムにCGを掛け合わせた映像が
大きく頭上に広がるのは見ていて壮観。
また、MEGASTARの映し出す星空は12.5等星までを映し出すという再現力で
天の川の濃淡だとか、星雲の立体感とか、恒星の細かな色まで
これでもかというほどに丁寧なディテールで示されている。
ちょっと懐かしいものを思い出した。
あたしが7つの時に回帰したハレー彗星を見に行った時のことだ。
母親の実家が徳島のかなり南のほうにあったのだが、
それならもうちょっと足を伸ばして室戸岬まで見に行こうよと
双眼鏡を買ってコドモは幼稚園&小学校を休んで(笑)家族4人で出かけた。
室戸岬はロクな街灯もないようなところで、だからなのか
ものすごく圧倒されるような星空の中にハレー彗星を見た映像が頭に残っている。
もう一つ思い出したのは、宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」。
ますむらひろしも漫画をベースにアニメ化されたもの。
サウザンクロスのシーンがふと頭に浮かんできた。
そういえば、2つともそのときは暗やみとか考えもしなかったなぁ。
肉眼では”見えないもの”を、科学の力で”見てみたい”というテーマの元に
眼に見えない波長の光や重力レンズ、計算機シミュレーションを駆使して
浮かび上がらせていくというストーリーの中で、
どうしても見えないの”ダークマター”の存在が表に出てくる。
ブラックホールの一番奥。光の届かない場所。
レイさんの音楽やCGは、その見えないものを丁寧に浮かび上がらせる。
ディレイ音がほよほよと影を残すところにCGの影が重なって
MEGASTARが映し出せない暗やみがくっきりと見えてくる。
それは想像していた冷たい感じではぜんぜんなくて、
春霞の月でも見上げているような、そんな温かい感触だった。
今まで、光と影というモチーフは自分の中でかなり劇的な意味合いが強かったのだけど
(もともと音楽的に結構ドラマティックに表現される事が多いし
5年前に訪れたマドリッドで光と影のコントラストの鮮やかさに唖然とした記憶がある)
もしかしたら表裏一体というよりかは双子に近いのかもしれない、と
満点の星空を見ながらぼんやりと思っていましたよ。
これからまだまだ研究が進んだら、もっと暗やみの色もわかってくるのかな。
そうなったら、また違った色が楽しめるんだろうな。また見てみたいです。
なんだかんだでここんとこ毎公演必ず行ってるっぽい
Studio Life。
今回は友人Rちゃんが行けなくなったチケを直前に譲ってもらった。感謝。
もう、あっちもこっちもどたばたしていて事前に何も調べていなかったのだが
白夜行の原作を本屋で山積みしてあるのは見たことがあって
あの長い話を1回でまとめるのかー、と勝手に思っていたら
第二部、とあってぅわちゃっ☆という感じ(苦笑
しかも、作りもがっつり続編の導入で説明一切なし。
うわーん、この話、原作も結局読んでなかったんだよ(滝汗
というわけで、前半は本当に
物語を追っかけているだけで精一杯。
しかも物語は相当複雑で(長編ミステリならではの複雑さなんだけど)
東野さんの手法らしく主人公の内面にはほとんど触れないままで行くから
事実の羅列だけになってしまって、感情移入もしにくい。
…これさぁ、今度テレビドラマにもなるらしいけれど……
大丈夫なんか(滝汗
逆にね、淡々とした事実の羅列だけで人間の残酷な部分を
容赦なく描き出していく東野さんの書き方はすごく好きなのよ。
好きなだけに目に付くのね、これまた悲しいことに。
文字だけなら事実の羅列であっても文字に描かれないところの中に
想像できる部分が多いから、その想像に対して感情移入ができるのだけど
ビジュアルが伴ってしまうと、そのビジュアルに対しては想像はできないから
与えられたものにいかに感情移入できるかというのが焦点になるような気がする。
そこを丁寧に肉付けできるかできないかが分かれ目なのかしらねぇ。
そういう意味でいくと、今回は正直ちょっと見ていて辛かった。
まあ、2部制にしたところで6時間弱。あの長編を具現化するにはさすがに短いよ…。
あと、オイラ的にはラストが腑に落ちないままだったのよね。
ラストに向かうあたりから、Studio Lifeのもともと持っているゆめゆめしさを
全面に押し出してくるわけなんだけど、なまじそれまでの事実の羅列が長いだけに
逆に見ていてとんでもない違和感というか…端的に言えば白けるというか。
いっそもっとストイックな終わり方してくれたほうがよかったように思うなり。
キャストは今回
も一押しは高根さんかな。
一種狂言回しのような事実を暴く役を、事実の羅列だけではなく
高根というフィルターをかけた上で伝えてもらえることでかなり見ているほうは楽でした。
だからといって、周囲から浮きすぎるほど感情を表に出すわけでもない
そのバランス感覚がおもしろかったなぁ。
主役2人は桐原亮司役の山本さんが丁寧に鬱屈感や陰を作りこんでいた印象。
この人のお芝居はその役柄のキャラクターが端々ににじみ出てくるのを
きちんと自分で拾い上げて観せられる丁寧さが好きだなぁ。
西本雪穂役の舟見さんは、事実の羅列だけだったのもあるけれど
男を惑わせる女としてはインパクトに欠けた感があり。楚々として綺麗なんだけど
綺麗なだけじゃ今回の役は影が薄くなってしまうのだよ…。
その点では大阪ダブルキャストの笠原・岩崎のほうがたぶん見ごたえ有ったはず。
逆にありすぎてそれはそれでつらいかも?(苦笑
個人的には山本亮二と及川雪穂で見てみたかったかな。
…とにもかくにも原作読まんと。
もうわけわからんとこてんこもりすぎやっちゅーねんorz
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